【邪神の寛容】

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登場人物予備知識。

D.E=邪神DE
    人を襲う魔物を魅了し、統治する神

彼=この文章での主格、無名の「魔物討伐」につかわされた騎士。
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Chaotic・DE
Chaotic・DE

【邪神の信徒】

 彼は息を押し殺しながら、汗で滑る剣の柄を強く握りなおし、二組の蛇が絡み合う邪神の紋の入ったその「扉」を押し開けた。
 ここは「邪神の塔」の第20階層。はるか高い階層に聳える邪神の塔に幾つもあるうちの、いわば一番下にある「神殿」の部屋だった。
 邪神は、『神殿』に現れる。そしてその神殿の印は、この蛇の紋とされているのだ。

 空間に重い、音が響いた。 ・・・少なくとも、そのはずだった。耳に届いたかの自覚はないが。

 鈍く生暖かい、そして重たい–、まるで人を拒むかのような空気が、その部屋には充ちていた。
 奥に何かが動く気配。それが何であるのか、彼には既にわかっている。

 この魔物巣食う塔を統べる存在、あらゆる悪しきものの長、邪神DE。
 魔物を人の世界へと遣わしては、故郷の土地を荒らし人を害する魔物達の主。

 邪神だけに強大な力を持つと言うが、その実人の血を嫌い、意外にも通常の武器の通じる相手だという。
 だが何故か、剣に自信のある多くの戦友たちがこの地にて邪神を撃てずに果てている。
 きっとこの塔に巣食うほかの魔物を打ち倒せずにここまでたどり着けなかった、と言うのが真相だろうと彼は考えていた。
 邪神の神殿へ続く通路はとても静謐で、それまでにあった骨や遺骸などどこにも散ってはいなかったから。

 魔物どもを率いるあらゆる災いの元。
 彼の国が呪い続けてきた憎い相手が今、すぐ、目の前の闇の中にいる。
 撃てる時はそう遠くないという緊張と、どれだけ強大、異形のものかという恐れ。
 思わず力をこめて握った剣の柄が、再びはやる汗で彼の手の中で動いた。

「・・・・・・」

 暫くの沈黙がすぎ、彼の目が闇に慣れていく。
 そこは天井の高いがらんとした空虚な空間で、特徴的な柱の影により「神殿」らしさが伺えた。

 そして、意外な「邪神」の姿を、彼はその目に見たのだった。

 奥の窓の月明かり–この魔物の塔に人が使うような窓があると言うだけでも彼にとっては驚きだったが–に照らされて、侵入者を静かに見返してくる背の高い人影。

 魔物の『化けの皮』を見破る術を得ている彼の目にも、その姿は–どこか凍りついたように空虚だが–、とても魅力あるものに見えた。

 月の光を束ねたような長い髪を緩く背中に流し、いつの時代のものか少し古い型の衣服を纏った、貴公子然とした端正な青年。
 目に付く武器と呼べるものは腰のベルトにつけた飾り短剣だけだが、魔物の神と呼ばれるものの事だ、一体どれだけの力を備えているものかはわからない。

 穏やかに微笑むようにも見え、その実あまり表情を感じさせない赤い瞳の目元。
 磁器のような肌は月光の影が落ちて、生きた気配を押し隠すかのようでもある。
 ・・・・・・いや、もともと「生きて」などいないのだろうが。

「お前が、邪神DEなのか」

 この「神殿」にいる以上それはわかりきってはいたが、一応彼はそう告げた。
 邪神が予想外の姿だったのもあるが、それは彼の国での敵に対する礼儀であり、戦いの予告でもあった。

「–お前を斬る」

 相手は一体、どう出るだろう?不意に撃ってくるのか、それとも余裕の笑みでも浮かべ、こちらを一笑に付すのだろうか。

 彼の言葉を受けて、青年が言葉を返す。

 当然、魔物らしいしわがれた声で魔の者をかばい、人への讒言でも告げるのだろうと予測していた。
 相手は「魔のもの」なのだ。飽くまでも人とは相容れない暗い血族。

「・・・・・・それが、お前の『願い』なのかね?」

 邪神は確かに、そう告げた。
 たおやか、というだけでは表現できない。
 闇から来る癒しと言うものがもしもあるなら、まさにそういった快楽を含んだ「甘い」声だった。

 その「甘さ」は彼の耳を経て、その背筋に不快な快楽を伴い戦慄を走らせる。

「・・・!」

 息を呑むほか何もいえず、臆したかのように黙った彼へと、青年はもう一度同じ問いを繰り返した。

「私を害したい。・・・・・・それが、お前の願いなのかね?」

 聞き入れよう、と青年は頷いた。許すように–冷たい瞳に、かすかな微笑を見せて。

「–ち、違う・・・・・!」

 得体の知れない恐怖に打たれ、彼は瞬時にそう答えていた。

 否定しなくてはならないと、意識ではなく体全体が応じていた。
 そして同時に、自らの言葉に混乱する。

 『違う』?・・・いや、自分はそれを願ってやまない。
 邪神を打ち倒すことこそ目的であり、まさに悲願であるのだから。
 邪神が自ら滅びてくれると言うのなら、それ以上の好都合があるだろうか。それを否定してどうなる?

 だがこれは「違う」のだ。否定しなくてはならない。
 彼は先ほどの甘い戦慄に感じた、魂を溶かされるような恐怖により悟っていた。
 邪神は自分を、自らの信者にするように「寛容」に、受け入れ、願いを聞き入れようとしているのではないのか–?

「お、お前の慈悲など、受けるつもりは・・・っ!」

 自然、震える声となった。
 まるで怯えた犬の泣き声だ・・・・・・と、彼は色濃くなる恐怖の影でかすかに思考した。
 そして――――、それが最後の意識となる。

 「邪神の寛容」を受ければ、その相手は心を邪神に捕らわれてしまうという。
 邪神を信ずる者達が、いかにしてその信徒となったかを語るときに言われる有名な話でもある。
 ・・・・・だがそれは、「信徒」に対して行われるものと思っていた。邪神の寛容を自ら望んだ者達に。
 まさか、「邪神を滅ぼそうと望んだ」事を、「邪神に許され」、その軍門に捕らわれるとは。

 邪神の持つ魅了の赤い瞳は、彼の生への執着も、彼の敵意も全てを許した。
 そして。

 剣を抜くこともなく、もはや声を荒げることもなく。
 彼は、いまや姿を変え、塔の中を住処として新たな生へと生まれ変わっている。
 震える肌は鱗にも似て、無数の突起を表した異形の姿はおよそ元が人であったとは思われない。

 月明かりを背に、邪神は短刀を抜き。
 その腕に自ら深く切りつけ、暗く赤い血を床へと流した。
 「邪神を害すること」を望んだ、願いのままに。

「お前の願いは、受け入れた。何にも縛られない、新たな生を楽しむといい」

 確かに騎士であった時の彼は心の奥底で願っていた。
 窮屈な鎧と規律から開放され、自由な生を謳歌することを。

 そう、寛容なる邪神は全てを叶えるだろう。
 元は人だった彼らが願う、「国へ帰りたい」と言う希望さえ。
 「愛する人に触れ合いたい」という望みさえ。
 
 あらゆる望みを、なにもかも。

 邪神の許しを得、彼ら魔物は今夜も、望みのままに人の国へと帰国していく。
 新たな翼持つ腕で、新たな鰭を持つ足で、あるいは何も持たぬ腹を地に横たえて。

 そしてまた、討伐の騎士が発つのだろう。
 –邪神を害する、望みを持って。

ENDLESS END
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