再生者@冥王星擬人化

 

◆再生者◆(ノベルアッププラスでも読めます)

冥王星惑星落ちしたニュースが流れた頃に書いた短文です。
初出:2006/09より。
神話名含めて冥王星とその衛星の軌道とかを擬人化。

カローン=三途の川の渡し守。死者の魂を運ぶ

御主 = 冥主

 

 

 

再生者@冥王星擬人化

 

 

 

 

 

 

 

 

枯れた花ばかりを船に乗せ、暗い川を渡る私は、これまでに生きた花を見たことがない。茶色く白く、硬く乾いて、私の彼岸へと流れ着く死んだ花達。
この枯れた躯で岸が埋もれてしまわないように、大切なこの『川』が塞き止められてしまわぬように。いつの日からか私は頼りない櫂を手に、小さな船でこの花達を向こう岸へと運ぶことを覚えた。
–そう、これで幾億の年になるだろう。
目に映る視界全て、今はただ白い。あるのは手触りのかさついた、触れれば脆く壊れてしまう花びらと葉。重さなど、まるでないに等しい。「川」を渡る私の船は、だからいつも、とても軽く水の上を滑るのだ。

「……」

暫く緩い流れに掉さすと、私は『川』の対岸に船を着ける。いつもはとても静かなはずの鏡の水面に、今日は小さな波が立った。
こんな時は、私を出迎える人がある。あの方の気配を捕らえ、ほの暗い水は悦び、波の形で踊るのだ。

「…御主」

命ある者は、ここを「冥府」と呼ぶと言う。この「川」を、黄泉の川と呼ぶと言う。きっと私やこの方の事をも、何かの名をつけ
て呼んでいるのだろう。そして–しかし。そんな名は、私達には意味を為さない。ただ、私が知っているのはーー…

暗い色の長衣を纏い、紫紺の髪を揺らせた御主。御主は私の船を見て、私の記憶にある通りの静かな顔で、少しだけ苦い笑いをされた。

「また、お前は……」

途切れた言葉の先は続かない。御主の静かな唇に載せられた意図は、それだけでもう何度も、私に伝えられてきたものだ。
御主は、私がこの岸を花で満たすことを良しとしていない。多くの花の躯を目に、その瞳を悲哀に曇らせる。力なく枯れて流れる白い花達、その躯達。それは空虚なこの地で、最も御主の厭うものだった。

「……今日も運んできました。花でこの『川』が、溢れてしまわないように」

白い白い、死んだ花。首の折れた花も、立ち枯れた花も、崩れて元の姿をしていない花も。私に運ばれた彼らは船からこぼれ、御主の岸を、白い色にと染めていく。これまでに私が何億もの時をかけ、ゆっくりと導いてきた、死の魂の容れ物たちが。

「……どこまで、これで埋めてしまうつもりなんだ?」

この苦笑交じりの言葉は、果たして私へと向けられたものだったろうか。私は答えず、主の姿を見守った。
御主の背の高い姿も、この静かな声も。見る者もなく光さえ朧なこの岸では、まるで意味を成さないものだと私は思う。
そしておそらくは。死花の渡し人なる、この私の姿も、やはり。–私はもとより自らの姿になど、何の興味もなかったが。

「この花も、お前が?」

冷たく緩い風に吹かれ、空になった船の中を見て、御主は私に問いかけた。

「……それは……?」

船に残る一輪の花。これも細く、立ち枯れて。
ただこの花は私の舟の櫂に絡んでいたので、風に吹かれても他の花達のように岸へとこぼれ出ることがなかったらしい。無数の枯れた花を運ぶうち、古木でできたこの櫂に種でも移っていたのだろうか。「彼」はこの空虚な船の上で、いつのまに芽を出し、そしていつの間に枯れたのだろう。

もし、この花に気づいていれば。
……私は初めて、生きた花を見ることが出来たのだろうか。

「……」

私の顔を見つめていた御主は、もう何も言わない。白く花のむくろに埋められたこの岸を背に、きびすを返し去って行ってしまう。まだ御主が去っていくだけの土地があり、まだ岸には遠い地平が残されている。
まだ、足らないのだ。この幾億のはなむけは。御主の厭う死の花で、この視界を満たし埋め尽くすこと。それが私の–。

……私は、今日も強く夢見る。
枯れた花を運びながら、水に櫂を挿しながら、暗い水に船を漕ぎながら。

命ある花に焦がれる、光ある草原に焦がれる。私もまた、立ち枯れた一輪の花と同じこと。

地平の見えるこの岸が、底の知れないこの川が、全てが死に絶えた花たちで埋もれてしまったら。
きっと御主はその時こそ、この躯を赤く咲かせて下さるだろう。
–全てを埋める幾億の、手向けの花と引き換えに。魂遠く蘇らせる、冥主の深い悲しみが故に。

御主はただひと撫で、触れられるだけで命を齎す。いつもの、遠く静かな微笑を持って。
全ての白き躯達は、再生の御主にただ触れられる時を待ち眠る。

枯れた花ばかりを船に乗せ、暗い川を渡る私は、これまでに生きた花を見たことがない。
だから、枯れた躯で岸が埋もれてしまわないように、この大切な『川』が塞き止められてしまわぬように–。

--いや、–違う。

私は今日もまた、冥主の岸を悲嘆にて埋めに行く。白く枯れた花を集めて、いつかの奇跡を待ち焦がれながら。

—私は今日も、御主の傍を、ただ「廻る」。

【再生者】@カローン
【再生者】@カローン
Charon
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