恋占い

異世界ファンタジー、異形との交流。

 うちの占いは、神様のお墨付きなんですよ。
―いえ、決して、よく当るというわけでもないんですがね。
ほら、この鱗がそのしるし。
―信じられないですか?

いいでしょう。ちょっとお座りください。
かまやしません、こう暑くちゃ仕事になんてなりません。
涼みがてら、私の変わった体験をお話しましょう。

恋占い

――私の名前はジーア=アシーナ。
このフィラントリア聖大国の南の外れ、静かな田舎町の一角で、辻占いを生業としている。
占いといっても、カードを切って未来を問う簡単なもので、おまけにやり方次第で結構どうにでも意味が取れるという素人騙しのシロモノだ。
町角に小さな机と椅子をおき、晴れた日にのみ仕事にいそしむ。
雨の日には近くのパン屋を手伝ったり、または酒場でクダを巻いてみたり。
客はなにせ田舎の事、その年の収穫物の量を尋ねる農家の主人や、商売繁盛を祈る金物屋の親父、子供の将来を縁起物として問う幼子の母……などなど、地元に根ざした商売として、ありがたく繁盛させて戴いている。
私がもっともらしくカードを並べて読み解くと、お客は神妙な面持ちでそれを聞き、それぞれ心尽くしの礼をしてくれるのだった。

そんな退屈な――そして平和な日々を過ごす、私の前に。
年若い少女――に見えないこともない女――が、占って欲しいことがあると訪れた。

「彼との仲を、占って欲しいんです」
――その風変わりな客は、私の机の前に座るなりいたってありきたりな注文をつけた。

年の頃は10代後半から20代前半……いまひとつはっきりとしないのは、その不思議な髪の色のためだろう。
真っ赤な、都会の商売女でもそうは色を染めないだろう――というほどに目立つ色の髪。
瞳の色はその髪色と対をなすような深さの藍。
しかし顔をよくみれば決して派手な印象はなく、顔立ちは上品かつおとなしい印象のあどけないもの。
彼女の声もまた、清楚で内気な性格を示すようなものだった。

「ハイ、――恋占いね」

慣れた風に言葉を返したが、実際私は目の前の客の謎めいた素性にすっかり興味を奪われていた。
来ている衣服は、今では珍しい白長衣。神職にあるものぐらいしか身につけているのをついぞみたことがない。

髪は長く、結んだりせずに長く背へ流している――。
……聖職者……?
しかし、聖職者にしては恋占い、だ。
――変わっている。
私は占いのために必要ということにして、少々素性を聞き出そうと考えた。

「お客さんの彼氏と、お客さんが住んでるところはどのあたりになりますか?」

――この町の者ではないだろう、それは確かだった。
こんな小さな田舎町で、この目立つ容姿が今までに噂になっていないはずがない。
私は職業柄、噂話の届く速度には自負があった。

「……住まいは……そっちのほうの、その、森です」

「……森……」

何がいいたいのか。
カードを切る指を止め、暫く客を見つめて考える。
――森の方……というと、もしかしたら南の方の国のヒト、という事なのだろうか。

「……彼とは、一緒にお住まいですか?」

「――……は、はい」
その問いには、彼女は俯き、恥らうような小さな声で応じた。

「彼との相性はどうか、と占えばいいでしょうか?」

「……いいえ」
恥らっていた風な彼女は、今度は顔を上げて応える。

「–彼の気持が、知りたいんです。私を、どう思ってくれているのかどうか」

真剣な表情――そんな彼女の表情に魅入っていた私のサンダル履きの足元に、
何かひやりと、冷たい鱗の感触が触れた。

「――?」
ふと下を何気なく見遣る。……なんだろう?

そして、私は悟ることになる。
目の前にいるこの彼女が、一体何の――化身であるのか。

「…彼が、あなタをどう思っているか、ですね」

少し声が裏返ったとしたならば、それは間違いなく今見た物のためだ。

「それでは、早速」

カードを切って、狭い白机の上に十字の形に並べていく。
実際足元が気になって占いどころではなかったのだが、そんなことをおくびにも出さず私は精一杯上手く立ち回った。
ろくな集中もできずに行った占いだが、むしろ無心の結果となってカードに手応えは出たようだ。

「――『剣と塔』」
中央にこのカード。現状恋人同士とはとても言い難い仲、と。

「――『葡萄と太陽』」
右にこのカード。成る程、彼女からの気持はよほどご執心らしい。

「――『悪魔と林檎』」
左にこのカード。――彼にとっての彼女は、『邪悪な誘惑』といったところか。

「――『星と魚』」
中央手前にこのカード。――何らかの犠牲と導き。

「――『魔女と迷宮』」
中央奥にこのカード……――神秘性のカードがここに?
意味が取りにくいが、言うならばこの恋は神がかりだ、といったところだろうか。

「……あまり、いいとは言えない感じですね」

私は、普段は占いの結果を『編集』して客に伝えている。

カードを読み取ること事体が、そのそもの『編集』にあたるだろうが、まずい結果が出た場合にはそれを告げず、良い内容に変えて客に言うようにしているのだ。
占いなどというと神妙に不幸を語り客の不安をあおって、お守りの御符を高く売りつけて暴利にする輩が目立つらしい。
だが、私にとっては客を良い機嫌で帰らせて幾ら、と言うのが占いという商売だった。
いつもならば、こんな事は客に向けて口にはしない。
――しかし、それは普段の――人のいい田舎者の客たちを前にした場合のことだ。
この風変わりな―そして神秘的な客の前に、占いの編集は無意味な以上に害悪になる気がしていた。

ひょっとしたら、辻占い師の本能というべき霊感が、かすかでも私の心に働きかけていたのかもしれない。

「……え」
女性の顔に、暗い影が落ちた。

「――彼からあなたへの思いは、『悪魔と林檎』これは誘惑を意味するカードです。彼はあなたの存在を、邪悪な誘惑と考えている……」

「――そう、……ですか」

彼女は非常に落胆した顔になり、私の前から席を立った。

「――ありがとうございます」
御代に彼女が置いていったのは、非常に古い年代物のコイン……あまり上等のものとは聞かないが、見せびらかすには自慢になるような珍しい代物だった。

「……」
彼女の足元を注意深く見遣り、見送る。

――ゆったりしたスカートは、地面まで引きずるくらいに長く彼女の足元をかくしている。
そのために、立ちあがってしまった今はもう「それ」はわからない。
だが、確かに私は見ていた。
彼女の足の代りに、生えていた長い—―蛇の尾、を。

以後暫く、私は『そのこと』を誰にも言わず過ごした。
この土地は古い伝承に曰く、人よりも古い歴史を持つ者達の住むところらしい。
異形の――人よりも古いもの達。

事実私には、この間の女性は決して無気味なものには思われなかった。
――たまには、そんな客がきてもいいじゃないか?
――我流の適当な占いとはいえ、彼らにも参考程度にはなるのかもしれない。
そんな心持で、私は単調な占い家業を続ける。

しかし。

「――いらっしゃい」

――同じだ。
私はそして再び、目の前に立つ客の姿に目を奪わる事となった。

この間の彼女ではない。
しかし、身に纏う雰囲気が非常に近い――派手で鮮やかに染め抜かれたような髪の色、古い神職風の衣服を身に纏い、長い髪を背に流した――人物が。
足元まで引きずる長い衣の下は、おそらく人の足の代りに蛇の尾が生えているのだろう。
今度は髪の色が紫色であったことと、顔立ちが男性的であったことが、強いて言うならばその印象の差だろうか。
……今度は男性、なのかもしれない。

「――あなたが、占い師ですか」
声は歌うような張りを称えていたが、かすかに低い。

二度目ともなると、案外心にも耐性が生まれるものらしい。
この間の彼女の、『彼』なのかもしれないな……。と、私はぼんやり考えていた。

「――何を占いましょうか」

「……まやかしの技に興味はありません……。ただ、やり直して貰いたいのです」

この前の彼女は繊細で穏やか、人当たりの良い印象だったが。
今回の彼は大分違うようだ。口を開くごとに、彼らの差異が見えてくる。
『彼』は整った冷淡な貌に不快げな感情をあらわにしながら、私に刺々しい言葉を吐いた。

「――あなたがアテにならない占いを与えたばかりに――。随分とあの女の気持が沈んだようでしてね」

……「あの女」というのがこの前の彼女の事なのだろう。
私は冷静に考える。
恋人同士、とは言えない関係――脳裏に、以前の占いのカードが浮かんだ。

「――今もう一度、ここで同じ事を占って見なさい。」

不思議な命令口調。別にそれは、構いはしないが。

客は腕に小さな蛇を巻きつけていた。その蛇はなぜだか少し弱々しい動きで、赤い舌をかすかに覗かせるとその客の首元へ昇る。

「じゃあ、この前の彼女と、お客さんの関係で占えばいいんですね」

私はカードを切ろうとする――しかし彼の言葉がまた遮る。

「私の心を」

「……はい?」

思わず聞き返す。珍しい注文だ。

「――私の心を、占いなさい。彼女への、気持を」

強張った客の声……心なしか、その硬く冷静そうな仮面は剥がれてかすかな戸惑いを見せている。

「わかりました」

口調や態度とは違い意外に純朴そうなその反応……。
見透かしやすい客の態度に、こみ上げる笑いをこらえながらカードを切った。
再び、白机の上に並べられるカードの十字。

「――『神殿と馬』」
中央にこのカード。現状、進行中といったところか。

「――『風と盾』」
右にこのカード。彼女は彼を信じられない。

「――『蜜と太陽』」
左にこのカード。――彼にとっての彼女は―—……。これだけで充分だろう。

「――『塔と支配者』」
中央手前にこのカード。この愛情には守護者がいる。

「――『魔女と迷宮』」
中央奥にこのカード……――また出た、神秘性のカード。たぶん、この二人が――。

「凄く、彼女の事を愛している、とでました」

――あと数年は、私はこの時の客の表情を忘れられないだろう。

「――な」

唇から漏れた、驚きの言葉。
――まさか、……とも、ふざけるな、……とも、気持が入り混じった微妙な表情。
彼が彼女を思う気持を言い当てられ、意外さと憤慨の気持と、同時にかすかな安堵感もあるような――。

「……ベーゼ、これでわかったでしょう。」

彼は瞬間の戸惑いを隠し、理知的な表情を取り戻してから首に巻きつく子蛇へ言った。

「人間の占いというものがいかにくだらなく、適当で当てにならないものか。その時によってこうも、言葉を変えるものなのですよ」

占いが正しいとは、確かに私は思わない。
信じるか信じないか。気の持ちようを左右するだけだと思っている。ましてや自分のお手軽占いに至っては。

「――そんなものを気にして惑わされるあなたがおかしい。納得したならば人里には立ち寄らないことです」

彼の言葉の面白い所はただ一つ。
否定しながらもおそらくは彼自身、今の私の言葉を信じているのだろうと思われることだ。

「ありがとうございました」

蛇の彼は、お代を置いていくことを失念していたらしい。
せめて代わりのつもりなのか、小さな子蛇から抜け落ちたらしい見事な鱗が、一つ私の机の上に残されていた。

その後私は数冊の書物を調べ、この土地に伝わる蛇身の恋の神の神話を知ることになる……。

――どうですか、あなたもジーア=アシーナの恋占いを。
蛇の恋の神が、訪れた辻占いです。
ほら、これがそのしるしの蛇の鱗。

小さな、おんぼろのカードを切って。
田舎の街角、日当たりの良い一等地。

今日も私は、こうして店を出すのです。